お墓の供養は時代遅れなのか

私の家族構成は母50代、父60代、兄30代、私20代となっています。

そして最近祖父が他界しました。

祖母は私が物心つく頃には他界しており、お墓には祖父含め4体の遺骨が入っております。

私のみ遠方に住んでおりお墓参りは年に一度のお正月のみで、その際は清掃やお線香等は行っていました。

祖父が他界するまでは祖父が月に3〜4回ほどお墓参りやお世話をしていたと聞いています。

祖父が亡くなった際にお墓を誰が見るかと言う話になりました。

当然の事ながら祖母、祖父の息子の実の父が面倒を見ることになると思われます。

父は1ヶ月に1回くらいのペースでお参りに行っていたと思います。

 

しかし、それに対して兄がそんな適当にお世話をしないで欲しいと言いはじめました。

最低でも生きたお花をお供えして頻繁にお参りして欲しいと言っていました。

父は以前よりは回数が増えましたが、頻繁には行っていないと思います。

私は気持ちはとても大事だと思いますが正直、自分のできる範囲で手を合わせたい時に行くくらいで良いと思っていますがあまり、納得されません。

私は遠方に住んでいるので言える立場でもありません…。

 

そして問題は他にもあり、これから先、父と母が他界した際誰がお墓を面倒見るかと言う話になった際、兄はお墓を面倒見ないと言っていました。

私は正直驚きましたし考えてもいませんでした。

確かに長男が全て請け負うのは時代遅れなのかもしれませんが予想も出来なかったことに、どうすれば良いかわからなくなりました。

 

兄は新しくお墓を購入し自分の子供や奥さんが入るようにし、今のお墓は永代供養しよう言っています。

私にはお墓の面倒見てと言う安易な発言も出来ませんし、かと言って永代供養も反対です。

私自身が面倒見ると言っても、自分が良くても子供や孫が代々、遠方にわざわざ足を運びお墓参りをさせるのは、安易な考えすぎると言われてしまい、ぐうの音も出ませんでした。

 

それに永代供養にはお金もかかります。父と母は貯金も少ないのでお墓には入らず土葬などで良いと言っていますが、私は負に落ちません…。

結局のところ私は気持ちではお墓を守りたいと言ってる割に全て兄に丸投げする事になるので何も言えません…。

 

気持ちはとても大事だけど現実的な問題とのバランスが非常に難しく大変な思いをしています。

一つの候補として、遠方の方にお墓を移すと言うことを考えましたが、これも引越し費用や仏壇、魂抜きなどお金や体力的にもかなり大変ですし、お墓を移しても既に4体遺骨があるので、自分と奥さん、子供2人が入ってしまったらすぐに一杯になりまた直ぐに買い替えなければならないかもしれません。

 

そして1番に地元に残った親戚達の思いは無碍に出来ず考えを渋っています。

令和と言う新しい元号になりますます新しい思想や常識が変わっている昨今にお墓と言ういわばアナログ的な仕組みは必要なのか考えさせられました。

遠方でもお墓参りができるネットのサービスなんかも見かけますが「気持ちが大事」と言う言葉で自分を正当化し現実から逃げているだけでは無いかとも思えてきます。

 

これからお墓と言う常識が変わり公私ともに納得が行くお墓のあり方が出来て欲しいです。

他人任せだと思われると思いますがこれからの自分から続く子孫の事を思うと安易な決断も出来ません。

 

お墓はこんなに苦しんで考えるべきものなのでしょうか。

原点に戻り他界された者に感謝を伝える行為がお墓参りだとするならばお墓である意味があるのでしょうか。

未だに解決策は見出せずとりあえずは永代供養と言う形で話が進んでいますが、お墓による話で家族間の仲も悪くなっており本末転倒になっています。

自分なりの新しいお墓のあり方をこれから考えていきたいと思います。