自覚のない”墓守”には不安しかありません

私の実家は、江戸時代末期から三代続いて夫婦養子という時期があったので、逆に”家”とか”跡取り”といった意識が強く、お墓は一つだけで丁寧に守られてきて、私たちの世代にもあれこれ考えて進めていかなければいけないなという気持ちがありますが。

夫の家の方には、現時点でも問題しか感じません…。

彼の両親のそれぞれの家には”跡取り”が結婚しておらず、その背後にあるお墓やお寺とのお付き合いが全く丁寧に行われてきていないというこの数十年の歴史があります。

舅は次男で、このA家の跡取りになるはずだった長男は結婚していません。

こちらには新潟に菩提寺があった時期と、昭和初期に千葉に来てから建てたお墓があるそうです。

姑のB家の弟がいましたが、これもまた結婚しておらず、その家の名前は継ぐ者もないままに群馬にお墓があったそうですが、それはさすがに「拙い」と思ったのか、姑が10数年前に墓じまいを行って、居住地の神奈川に樹木颯の形で入っていた分のお墓を移しました。

その時点で100万円以上の費用を支出していたようですが。

最大の問題は、そのAB両家の墓守になるはずのうちの夫にその自覚が全くなく、さらにその上の世代と交流を絶ってしまっているという現状です。

夫の両親は20年ほど前に離婚しており、双方のやり取りは断絶しています。

また、夫自身もそのいずれもに良い感情を持っていないので、長い間没交渉になっていて、最低限の法事にのみ夫が出席しているという状態ですが。

両親が高齢化している現在、具体的にいろいろと考えなければならないはずのお墓の問題に全く無頓着なのです。

AB両家の本来の墓守であるはずのA家伯父、B家叔父が自分がいくつ墓を抱えていたか、そしておそらくB家の方は姑がある程度整理をしたはず、としても…我が家からかなり遠方にあるその樹木颯の場所の監理と、A伯父の背後に一体いくつ墓が隠れているのか、等々が全く見えてこないのが恐ろしいです。

そして、そんな夫は”お墓いらない”派です。

大好きなハワイの海にでも散骨してほしい、と言います。

エンディングノートにもそう書いています。
お墓を絶てるのにかかるだろう100万円があったら、それを旅費にして一族で楽しみ、その海に流してくれたらそれでいいよ、と。

いや、あなた自身はそれでいいとは思うけど…。

その上の世代のお墓はどうするの?というと口籠ってしまうのです。

結局、それは夫がスルーしたとしても、息子たちに降りかかってくる災厄にしかならないのでは?

時折さりげなくそんな話をしてみますが。

自覚がないうえに、親たちのことを持ち出されると、トラブルの多かった自身の実家やその一族を批判されていると感じるのか、機嫌が悪くなってしまい、面倒くさいので…私ももう考えないことにしています。

そして、息子たちには私がわかる範囲の状況説明をしたうえで、「いずれ”こういう問題”が起こってくるだろうけれど、君らは関わらなくて済むように、お父さんが死ぬまでにはなんとか整理させるからね」と言っています。

まだそれぞれ夫の両親は健在ですが。

彼らが本当に介護が必要になったり、切羽詰まった時にはちゃんと考えるのかなぁ。

最近こうしたお墓の監理が問題になっていますが。

その殆どは無自覚な”墓守”や、そんなことを考える間もなく生きて亡くなっていった人たちがいろいろと問題になっていたんだろうなぁ、と思っています。

うちだけでなく。

少子高齢化の迫るなかですから。

経済的にゆとりがあるうちにでも何とかしておきましょうね、と思っています。

守るべきお墓、亡くなった人を偲ぶ場所であるはずのお墓が”負の遺産”になったのでは、ちょっと悲しいですからね。